アメリカ連邦取引委員会(FTC)は、インスリン価格の不正な引き上げに関与しているとして、米国の大手薬価交渉業者3社に対し提訴を行いました。提訴されたのは、UnitedHealth GroupのOptum Rx、CVS HealthのCaremark、およびCignaのExpress Scriptsという3つの企業で、これらは薬剤価格交渉における主要プレイヤーです。これらの企業が利益を増やすために、患者の医薬品価格を「人工的に」引き上げているとFTCは主張しています。
インスリン価格引き上げの背景:中間業者の役割
アメリカでは約800万人の糖尿病患者がインスリンに頼っていますが、その価格は過去数十年で急激に上昇しています。このような状況の一因として、**Pharmacy Benefit Managers(PBM)**と呼ばれる薬価交渉業者の存在が挙げられます。PBMは、保険会社や雇用主、さらには連邦政府の医療保険プランのために製薬会社と交渉を行い、リベート(割戻し)を獲得する役割を担っています。しかし、このリベート交渉の仕組みが、患者にとっては不利に働くことが多いのです。
今回のFTCの訴訟は、これらのPBMが薬価リベートシステムを悪用して、製薬会社に対してより高額なリベートを要求し、その結果としてインスリンの価格が「人工的に」引き上げられたと主張しています。さらに、PBMは価格が低いインスリンが市場に出回っていても、高額なリスト価格のインスリンを優先的に使用するよう促しているとのことです。
提訴された企業の反応と主張
この訴訟に対し、CVSのスポークスパーソンは「Caremarkはアメリカ人に対してインスリンをより手頃な価格で提供するために多くの努力をしてきた。FTCがそれとは逆のことを主張するのは完全に間違っている」とコメントしています。また、CignaのExpress Scriptsは、今回の訴訟について「FTCによる根拠のないイデオロギー的な攻撃が続いている」と非難しました。
一方、UnitedHealth Groupはこの記事の執筆時点ではコメントを発表していません。
FTCが注目する製薬会社の役割
FTCは今回の訴訟において、PBMだけでなく、インスリンを製造する大手製薬会社であるEli Lilly、Sanofi、Novo Nordiskの役割にも注目しています。これらの企業は、PBMが要求する高額なリベートに応じるために、インスリンのリスト価格を引き上げているとFTCは指摘しています。
実際、FTCによると、Eli Lillyが製造するHumalogというインスリン製品の価格は、1999年に21ドルだったものが、2017年には274ドルにまで跳ね上がり、価格が1200%も上昇しています。これに対し、FTCは「インスリン製造業者は、このような価格操作に関与していることで重大な懸念を引き起こしている」と警告しました。
患者への影響:インスリン価格高騰の現状
インスリンの価格高騰により、多くの糖尿病患者は治療のためのインスリンを十分に購入することができず、自己投与量の節約を余儀なくされています。これは、糖尿病患者にとって命に関わるリスクを伴う深刻な問題です。FTCの調査によれば、アメリカのインスリン市場の約90%をこの3つの製薬会社が支配しており、価格競争が十分に機能していないことが問題視されています。
バイデン政権と議会の取り組み:医薬品価格の透明性向上へ
バイデン政権とアメリカ議会は、近年、PBMの運営に対する透明性を高めるための取り組みを進めています。インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)では、メディケア受給者向けにインスリン価格を月額35ドルに制限する措置が導入されました。しかし、これは民間保険加入者には適用されておらず、依然として多くの患者が高額なインスリン代に苦しんでいます。
薬価の引き上げとPBMの利益構造:問題の核心に迫る
FTCが提訴したPBMは、製薬会社からのリベートを基に利益を得ています。しかし、このリベート制度が、かえって薬価を高騰させているのではないかという疑念が浮上しています。FTCの主張によると、PBMはより高額なリベートを優先し、そのために高額な薬剤を推奨するという「歪んだ」システムが存在しているとのことです。
FTCは今回の訴訟を、いわゆる行政プロセスを通じて進めており、これにより行政裁判官の下での審理が行われる予定です。
FTCの声明:システムの改革と競争の促進
FTCの競争局副局長であるラフル・ラオ氏は、今回の訴訟について次のように述べています。「糖尿病患者にとってインスリンは生きるために欠かせない薬ですが、ここ10年でその価格は急騰しています。この問題の背後には強力なPBMの利益追求があり、FTCはこの不当な行為を終わらせるために動いています。この改革は、インスリン市場だけでなく、医薬品全般の価格を抑えるための重要なステップです。」
医薬品価格の国際比較:アメリカの現状
アメリカの処方薬価格は、他の先進国に比べて著しく高いことが知られています。ホワイトハウスのデータによると、アメリカ人は他の先進国の患者に比べて、処方薬に2〜3倍の価格を支払っているという統計が示されています。これにより、多くの患者が医薬品を購入することが難しくなっており、今回のFTCの訴訟はその一環として行われています。
結論:インスリン価格問題の今後の展開に注目
今回のFTCによる訴訟は、インスリン価格の高騰に対する大きな一歩となるかもしれません。PBMや製薬会社が利益を追求するあまり、患者に不当に高い価格を押し付けてきたとするこの訴訟は、アメリカの医療制度における透明性と公正性を再構築する重要な機会です。
インスリンの価格は、糖尿病患者にとって命に直結する問題であり、今後の裁判の行方は多くの患者や医療関係者に影響を与えるでしょう。PBMのシステム改革が進めば、インスリン価格だけでなく、他の処方薬の価格引き下げにもつながる可能性があります。
今後も、FTCの動きや訴訟の進展に注目しながら、医薬品価格問題がどのように解決されていくのかを見守っていく必要があります。
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